大事な事は「ため」



日々好日


僕は子供の頃は誉められて育ちました。

上に兄貴が2人いて、その2人を見ながら育ったので、

「これをしたら怒られる。」とか

「こうやったら誉められる。」とかを自然に学習したのだと思います。



しかしながら、大人になるにつけ怒られる機会も増えました。(苦笑)


単純な怒りをぶつけられたことも多々ありますし、

叱咤激励の叱咤に当たるようなものも多くいただいてきました。


振り返れば、それが宝物となってます。


以前から「褒めて育てる。」に異を唱えてきましたが、今でも持論は変わりません。


そんな中でこのような記事がありました。


「口先だけの若者」になぜメンターがいないのか
「居心地悪い」学びこそサードドアにつながる




この記事の最後のページにあるんですが

当時から自分なりに志を持ってはいましたが、自分なんかよりももっとデカいなと思わされる人がたくさんいて、叱られたり、まったく知らなかったことを言われたりするんです。

そこで素直に学べる人は、サードドアに近づけると思います。逆に、うっとうしいと思ったり、居心地のよい場所を探そうとすると、ファーストドアにもたどり着けませんし、そんなことではドアをこじ開けるということもできなくなって、身近な自動ドアぐらいしか目に入らなくなりますよ。

サードドアは自動ドアではありません。でも、決して閉ざされているわけではなく、実は自然とあって、たどり着いた人は向こう側から「ここは楽しいぞ。お前もたどり着けよ」と思っている。彼らも仲間が増えたほうが面白いのですから。


の部分には大きく頷きました。


今の子供たちは怒られることを嫌います。

それは叱咤であろうがです。


水は高きところから低きに流れる。の道理のように

耳に痛いことからは逃げる。が当たり前になっているのでしょう。
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※この論調には激しく反対です。w


でも、それだけではすまないのが人生というものです。
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※これも人生w


僕は誉めるべき時には褒め称え貶すべきところは貶します

そうでなければ片手落ちになるからです。


小さい子がおつかいができれば誉めますが、中学生くらいになってマトモにおつかいも出来ない子にはカミナリ落としますよ。w
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それが当然の世の中であってほしいと常に思っています。


ではまた。(*・∀・)ノ゛




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