あまのじゃく

自分のことは、「あまのじゃくなヤツだな」と評価しています。

どうも、テスト対策真っただ中の西野です。



ここで言う「あまのじゃく」は、「ひねくれもの」や「つむじまがり」とは少しニュアンスが異なります。



例えば、小学生や中学生のときのテスト。

100点の答案用紙を先生から返され、「素晴らしい!」なんてほめられたとしても、あまり喜びを表さないようにしていた記憶があります。

大変誇らしく、嬉しい気持ちが生まれているのは確かです。

それは間違いないのですが、それ以上に

「次のテストでは100点を取らなきゃ点数が下がることになるのか・・・頑張らなきゃ・・・。」

なんて、既に次のことを考えていた記憶があります。

喜んでいる暇はない。

嬉しいときには、真顔。

これがデフォルトです。



逆に、辛くて悲しいときほど、努めて明るく振る舞おうとする性質があります。

シーンと静まり返った雰囲気は大の苦手で、ピエロを演じてでも場を盛り上げようとすることを選びがちです。

もうだいぶ昔のことになりますが、祖母が亡くなったときなんかがそうでした。

溢れる涙はついに止められませんでしたが、メソメソしているわけにはいきません。

笑顔で皆様にご挨拶するようにと、心がけたものです。

落ち込んでいる暇もない。

辛いとき、苦しいときには、笑顔。

これもデフォルト。



「あまのじゃく」

これは、自分の中では、均衡を保つために備わった機能なんだと理解しております。

嬉しいときに嬉しい表情になるのは当たり前なので、自分を引き締めるために、「敢えて」真剣に。

悲しいときに悲しい表情になるのは当たり前なので、自分を励ますために、「敢えて」笑顔に。

そういう風に、この性格を選んでいるわけです。



テスト期間になると、いつもこんなようなことを考えてしまいます。

おそらく、テスト直前と直後との変化のギャップをもう少し埋めたいと考えているからでしょう。


テストの直前の日も、テストの直後の日も、同じ大切な一日。

同じように、最善を尽くすだけです。

テスト前だけ頑張って、テスト後には頑張らない人は、もう少し「あまのじゃく」になってもいいんじゃない?

勉強を頑張ることは大変美しいことだとは思っていますが、テストの点数を取るための勉強だけを頑張ることは、美しいとは思えません。

そんな、テスト前しか頑張れない人、点数を取るための勉強しか頑張れない人は、見ていてとても心配です。

大人になっても、そういう生き方をしてしまう気がするのです。

そうではなく、いつも、いつでも、頑張れる人に。

そっちの方が、いい気がするのです。


テスト期間真っただ中です。

今日はすごく頑張っている生徒らの姿がたくさん見られました。

もちろん、大変嬉しいことです。

ですから、私は「敢えて」、テストが終わったときの皆さんの表情と行動に注目しますね。

日々、弛まぬ努力を。

ともに積み上げていこうじゃないですか。


テスト前の努力と、テスト後の努力の差が大きいことは、当たり前ではないです。

もう少し高いレベルでバランスを保つように、努力していきましょう。


「均衡」と書いて「あまのじゃく」と読む、

ルシャトリエ西野でした。

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